著者....はやっぱり普通の人生じゃないかも
記憶にあるのは3歳の頃から家族に連れられ映画館へ。
小学生の頃からひとりで映画館へ行くようになります。テレビ映画劇場も貴重な先生になりました。情報の種類が少なかった当時は映画雑誌は貴重な教科書でした。それでも足りない時はノベライゼーション化された映画を本で読んでました。テレビ映画劇場を録音する技を覚え、どうしても音も絵も欲しい時はテレビの前に8ミリカメラを構えました(『怪獣無法地帯(『ウルトラマン』)、『ゴジラ対メカゴジラ』『同棲時代』...)。大学生に時にホームビデオ時代に突入。ベータ、VHS, ベータHiFi, VHS Hifi, 8mmビデオ、VHS-C などメディアにはすべて手を出しました。エアチェック、〇〇〇〇、ソフト購入、でテープが部屋に溢れました。猟奇殺人事件の犯人の部屋がビデオテープで溢れていた、と評判になりましたが、実のところ、あれの数十倍は有りました。ビデオソフト、レーザーディスクは国産、輸入盤屋さん購入以外にもう末期だったビデオソフトを香港中の穴場で買い漁りました。当時はレンタル盗難予防のために映画一本が2枚に分けられていた香港製のレーザーディスクを段ボールに詰め込み、または背中に背負って帰国した事が数十回。社員旅行で行った韓国では青空市場の中古ビデオソフトを買い集めボストンバッグ数個になり一人で持てなくなり同僚がいくつか背負ってくれたものでした。この時一番重かったのが20本近くあった周潤發 の『上海灘』でした。前回の引っ越しの際にDVDやブルーレイがあるので廃棄したビデオソフトや録画テープは1万本以上ありました。何日も何日も日に数回車一杯捨てに行ったので市の環境センターでは有名になりました。
テープ時代以降、レーザーディスクとDVD以後は基本的に録画したものや買ったものは廃棄していません。VHDはディスクは残っていてもプレーヤーが壊れて無くなった唯一の例です。前の家の時には ワンフロア全部使った32畳の部屋でホームシアターとメディア置き場を兼ねたのですが、これは失敗だったと痛感しました。映画を観る場所に物が多いと気が散ってしまうのです。常に物が溢れて散らかっていて。立体音響の音の反響にも妙な影響が出るのです。よって今の家に引っ越した際には1年計画くらいでシアターとメディア置き場を区別しました。 業者を入れないで自分一人でシアター作りに数か月、メディアと本を収納する図書館作りには床張りに業者さんが2か月かけて自分で棚を導入したりで結局1年半かかりました。その間メディアは箱や袋にはいったままガレージを占領していたものです。自動車4台分の場所を占めていたものを仕上がった図書館の棚に整理して入れるのに1か月かかりました。現在はシアタールームには新しく買ったメディアや観る予定のものしか置かない原則だったのですが気が付くとDVDとスルーレイが600枚近く有ったのでここ2日間の夜中で図書館へ移動しました。シアタールームは物が無いと音も良くなり気持ちも落ち着く、のは長年の経験から得た真実でした。とは言っても各種映像機器や音響機器が30台近くあり8ミリ映写機2台、16ミリ映写機1台を常備しているので、入室した誰もがすっきりした部屋とは思ってくれません。そして、数年前より夢が現実になったのか、現実が夢を圧殺しそうなのが映画の配信です。電話線でガーガーピーピー言わしていたインターネット時代もとうとうここまで来たか、です。ここから、メディアで貯めておく派と配信一筋の身軽派とに分かれるのだと思います。私は配信にもどっぷり漬かってメディアにも押しつぶされる両刀使いを選びました。映画に飢えていた子供の頃これがあったら社会にも出なくてそのまま廃人になっていたことでしょう。
令和になって会社員はやめて個人事業となりましたので時間のコントロールはしやすくなったので生涯目標の一日一本は映画を観る、は守れています。ただ、コントロールはできるけど就業時間は会社時代より長くなって年中休みなしの24時間営業です。大学時代の友人たちも嘱託も終わっていよいよ隠居や、と言ってる時に何でこんなん、と自分でも思います。
大切なのは観るだけでなくそれを観たことを何かに昇華させる、という事。手帳に採点を書くだけでも良いし、カレンダーに観た作品名を書くだけでも良いのです。私の場合は観た当時の自分の記録の意味も込めて感想を書き残すようにしています。いや、いました。ここ数年はさぼりっぱなしで何を観たかの記録も有りません。よって、今日からまたこうやって何を観たか、知ったか、感じたか、を記したいと思い至りました。